社会の定義について
投稿者 : 伊藤陽一
7月7日(土)の学会の第2部「フリ―ディスカッション」のコーナーで「社会とは何か」が議論になったと思います。時間もなかったので、あまり議論はかみ合わなかったと思いますが、私なりに少し整理したいと思います。
帰宅後早速、複数の事典で「社会」の定義を調べました。どの事典でも「社会」は多義的で、様々な使われ方をしているとしています。特に専門書である社会学辞典や社会科学辞典ではそうです。しかし、私が最も言いたかったことは意外にも(?)国語辞典である『広辞苑』に簡潔にまとめられていましたので、その定義を以下にご紹介します。
人間が集まって共同生活を営む、その集団。諸集団の総和から成る包括的複合体をもいう。自然的に発生したものと、利害・目的などに基づいて人為的に作られたものとがある。家族・村落・ギルド・教会・会社・政党・階級・国家などが主要な形態。
この定義にあるように、家族や農村社会は「社会」です。江戸時代のムラも明らかに「社会」です。ただ、私に反論された日本文芸家協会の高橋さん(お名前が間違っていたらすみません)のおっしゃったことの趣旨は(もしかしたら、これがこの学会の代表的認識なのかもしれませんが)、「それはともかく、この学会では、社会とは近代市民社会のことを意味している」ということなのでしょうか。社会を近代市民社会のことであると定義するなら、明治以前の日本には「社会はなかった」と言っても間違いではありません。しかし、家族や農村社会も社会の定義に含めるのだとすれば、明治以前の日本に社会がなかったとは言えないと思います。
私の理解では、「社会」というのは「群衆」や「群れ」と対を成している概念で、構成要員の間に役割、地位、恒常的相互作用があるものが「社会」、それがない「人や動物の単なる偶然的、一時的集まり」が「群衆」や「群れ」なのだと思います。「社会の構成要員」は人間だけではなく、動物でもあり得るのであって、「猿の社会」、「狼の社会」、「蜂の社会」、「蟻の社会」といった表現は単なる比喩ではなく社会という用語の正しい使い方だと思います。(今では笑い話ですが、戦前、社会主義への弾圧が厳しかった頃、『昆虫の社会』という学術書が図書館から撤去されたということを聞いたことがあります)。羊、猫、熊等の集まりは「社会」の要件をほとんど満たしていないので、基本的には「群れ」なのです。
以上から明らかなように、日本の伝統的なイエ、ムラは(『広辞苑』にあるような)「広義の社会」に含まれるのです。ですから、明治時代にSocietyに対応する日本語がなかったからといって、明治以前の日本に実体としての社会がなかったことにはなりません。イエやムラがちゃんとあったではないかということになります。私への反論者(高橋さん?)が仰っていたように、この学会では「社会」と言えば、「近代市民社会」のことなのだというのであれば、明治以前の日本には(社会一般ではなく)「市民社会はなかった」と言えばいいのではないでしょうか。それならわかります。
最後に、私が言及した論文は以下の通りです。
左古輝人 「近世英国におけるSocietyの形成」『社会学評論』68:3, 2017。この論文には次のように書かれています。
16世紀前半の英国にとりsocietyは大陸ルネサンスに特有の新奇な語彙だった。当時の字引が物語るように、societyの受容は、すでに土着化していたcompany、およびさらに古いfellowshipとの同定から始まった。(370頁)
7日のセッションでも言いましたように、この問題はこの学会の主流である(?)阿部/佐藤両教授の議論に対する疑問にも通じます。たとえば、佐藤教授は次のように書かれています。
阿部さんの「世間」論が衝撃的だったのは、日本には「世間」はあるが、社会など存在しないと主張したことである。これは、一般に強い衝撃を与えたが、とくに日本のほとんどの人文・社会科学に関わる学者の顰蹙を買うことになった。(佐藤直樹 『暴走する「世間」』2008年 バジリコ 15頁)
もし、本当に日本の学者たちの「顰蹙を買った」とするならば、その一因は「社会」という用語の使い方がおかしいと思われたためなのではないでしょうか。
昨年の暮れ、富士ゼロックス社が出しているオンライン・ジャーナルからインタヴューの申し込みを受け、「<空気>と<世間>」という記事になっていますので、ご覧いただければ幸いです。まず次のURLにアクセスしてください。
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